
地球規模の課題であるカーボンニュートラルの達成には、化石燃料に依存しないエネルギーシステムへの転換が不可欠です。その中で、利用時に$\text{CO}_2$を排出しない水素エネルギーは、次世代の主要なエネルギーキャリアとして期待されています。
水素社会を実現するためには、いかに安価で高効率に水素を製造するかが重要です。再生可能エネルギーの電力を利用して水から水素を製造する技術(水電解)は数多くありますが、中でも約700度という高温で動作し、世界最高水準のエネルギー効率を誇るのが「SOEC(固体酸化物形水電解セル)」です。SOECは、まさに脱炭素社会を加速させるキーテクノロジーとして、今、世界中から熱い視線を集めています。
SOECの基本原理と驚異的な高効率性の秘密
SOEC(Solid Oxide Electrolysis Cell)は、固体酸化物イオン伝導体(セラミックス)を電解質に用いた水電解装置です。その核心は、従来の水電解技術とは一線を画す、高温利用による熱力学的な優位性にあります。
1. SOECの「高温」構造と反応の仕組み
セル内では、電気を流すことで水蒸気 が水素極(カソード)で電子を受け取り、水素と酸素イオンに分解されます。この酸素イオンが固体電解質を通り、酸素極(アノード)で電子を放出して酸素となって排出されます。この一連の流れにより、水からクリーンな水素を取り出すことができます。
2.高効率の秘密:熱エネルギーの最大限の活用
SOECの最も優れている点は、約700℃~850℃の高温で動作することによる熱力学的な効率の高さです。
水の電気分解に必要なエネルギーは、電力と熱エネルギーの両方から賄うことができます。SOECは高温で動作するため、水の分解に必要なエネルギーのうち、熱エネルギーの寄与が大きくなります。その結果、低温で水を分解する場合と比べて、電力として投入すべきエネルギーを大幅に減らすことができるのです。
この原理を利用することで、システム全体から熱を奪うことも放出することもなく、投入した電力の全量を水素の化学エネルギーに変換できる「熱中立運転」が可能になります。さらに、工場の排熱や原子力発電所の熱などの外部熱源を積極的に利用すれば、投入電力以上の水素を取り出すことも可能となり、高いエネルギー変換効率を実現できます。
他の技術との比較とSOECが拓く未来
SOECは、既存のアルカリ水電解(AEL)や固体高分子形水電解(PEMEL)と比較して、以下の点で大きな優位性を持っています。
まず、SOECは高温で反応が進むため、PEMELで必須とされる高価な白金やイリジウムといった貴金属触媒が不要です。代わりに安価なニッケルなどの非貴金属材料を使用できるため、設備コストの低減につながります。また、低温型の水電解装置と比べて、投入電力に対する水素製造効率が格段に高いため、水素製造のランニングコストを大きく抑えることができます。
応用分野:多様なエネルギーキャリアの製造
●Power-to-Gasの中核:
SOECは、太陽光や風力発電など再生可能エネルギーの余剰電力を使ってグリーン水素を大量生産するための鍵となります。変動性の高い再エネ電力を、貯蔵・輸送しやすい水素という安定的なエネルギーキャリアに変えることで、電力系統の安定化と再エネ導入の拡大に貢献します。
SOECメタネーション(CO2共電解):
SOECは、水蒸気と同時にCO2をセルに供給し、一酸化炭素 (CO) と水素を同時に生成する「共電解」が可能です。この$\text{CO}と\text{H}_2$を合成して、都市ガスの主成分であるメタン(CH4)や液体燃料(e-fuel)を合成する技術は「SOECメタネーション」と呼ばれています。これにより、発電所や工場から排出される$\text{CO}_2$を有効活用しつつ、既存のエネルギーインフラ(ガス導管など)をそのまま利用してカーボンニュートラルな燃料を供給することが可能になります。
●リバーシブル機能(rSOC):
SOECの構造は、水素と酸素を反応させて発電する固体酸化物形燃料電池(SOFC)と基本的に同じです。この電解(SOEC)と発電(SOFC)の機能を一つに統合した「リバーシブルSOFC/SOEC(rSOC)」システムは、電力が余っているときにはSOECとして水素を製造・貯蔵し、電力が不足しているときにはSOFCとして発電する、高効率な大規模エネルギー貯蔵装置としても期待されています。
実用化への道のりと未来への貢献
高効率で魅力的なSOEC技術ですが、実用化に向けては耐久性とコストが主要な課題として残されています。
高温下では、セルを構成する材料の劣化や熱膨張・収縮によるセルの破損が発生しやすいため、長期間安定して稼働させるための材料技術や、セルを何層も積み重ねるスタック技術のさらなる向上が不可欠です。また、大規模な水素製造システムを構築し、量産効果によるコストダウンを実現するための技術開発も並行して進められています。
現在、多くの研究機関や企業がこれらの課題克服に向けて精力的に取り組んでおり、技術の進歩は目覚ましいものがあります。SOECは、安価で安定的なグリーン水素供給を可能にし、「燃料」と「エネルギー貯蔵」の両面から、カーボンニュートラルの実現と持続可能な社会の構築に不可欠な役割を担っていくでしょう。
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